04/17/20(金)

この間ずっとカーテンのない――というのは買いそろえる時間がなかったからだが――北向きの窓辺にデスクを置いておいたら、四月なのに凍える寒さだったので、部屋の模様替えを行って逆向きの壁際にデスクを置くことにした。これで大分部屋の中の快適さが上がった。

もともとの職場である成城大学のメンバーでラトゥールのReassembling the Socialを読む読書会が17時から予定されていたので、電子版をパラパラと呼んでみたが、色々と締切が迫ってきたなかどう考えても読み込みが足りなくなりそうなので、読書会は欠席させてもらうことにした。

夜に最低限の買い出しのため、近所のスーパーまで出かけて、パスタやパスタソース、野菜などを買い込んだ。夜は大阪に引っ越してから初めて辛ラーメンを茹でて小松菜を入れて食べた。

04/16/20(木)

朝から職場のプロジェクトで作る新しいウェブサービスのテストユーザーとなって、簡単なインプレッションを書いていた。

どうも官僚・医療行政に関わる専門家たちは、エリートパニックと呼ぶにふさわしいような様相を呈してきたような気がする。クラスター対策が導入された初期に、なぜクラスター対策を取るのかということについての説明が(彼らが直接説明役を買って出ていたところの)日本のメディアと海外のメディアで結構違っていたような点が、科学社会学者としてはかなり気になっている。

夕飯はこの日も青の洞窟のペペロンチーノに野菜を適当に入れて食べる。予定通り夜からパートナーと通話する。この日は買い出しも含めて一歩も外に出なかったのだが、こういう日をもう少し増やしていきたいと思う。

04/15/20(水)

思うところがあって、朝の時間に山城むつみの『文学のプログラム』に入っている「戦争について」というエセ―を読み返した。この本全体の良いところは、読み通すと分析の対象となっているどの著作家・批評家をも神格化せずに済むという点ではないだろうか。最初に小林秀雄の直面した特異な困難が分析されたかと思えば、坂口安吾を扱った章(「戦争について」)では小林と保田與重郎ファシズムが慎重に退けられ、しかしながらまさに保田を主題とした章に至っては彼の試みの中核が救い出されることになる。この別の章で評価された著者が、後の章になると平然と批判される構えに非常に好感が持てる。やはり批評家は、さしあたりフェアでなくてはならない。

注文していたマワハンガーがまとめて届いたので受け取った。知り合いからソーシャル・ディスタンシングは2022年まで必要になるかもしれないと予測した論文が『サイエンス』誌に載ったという情報が回ってきて、そこまでだったかという気持ちになる。

どうしても新生活を始めるのに足りないものがあるので、夕方から京都に出かけるが、もはやハンズもロフトも閉まっていた(日曜日に包丁を買っておいて本当によかった)。烏丸から三条までの通りは大分閑散としていたが、いくつかの店をめぐったところ、ドラッグストアでない雑貨店などに何種類かの布マスクやフィルター式マスクが置いてあったので、東京の知人に送るためのマスクをいくつか確保した。丸善京都店まで歩いていって、目下の研究に必要な本を買って帰路についた。夕飯はまた帰りがけにベジカレーをテイクアウトした。

パートナーと夜通話をしようと思ったが、かなりの距離を歩いて疲れたので翌日に延期することにした。